2013/02/13(水)求む助言:病院から、患者が昏倒した正確な状況を聞き出す方法

【求む助言】:認知症他の症状でA精神病院に入院していた高齢男性が、一時帰宅から病院に戻った翌朝、病院内で意識を失って倒れ、B脳外科病院に搬送されました。A精神病院は、倒れた時の状況の情報を開示しないため、B脳外科で適切な処置が受けられないまま意識が戻りません。どうしたら良いでしょうか。

男性の肉親に、A精神病院に経緯を明らかにしてもらうよう以下のような質問をリストして持たせました。また、質問へのA精神病院側の回答も、分ってる範囲で載せました。これから今分っている状況が読み取れると思います。
12日の朝、「患者男性」が「倒れて頭を打ち、意識を失っていた」ということで、B脳外科病院に搬送されましたが、その経緯について詳しくお伺いさせてください。

1.薬の処方について
一週間前の(一時帰宅した)週末と、倒れる直前の(再び一時帰宅した)週末とでは、「患者男性」のふらつき度合いが異なるので、「睡眠薬を変えたり、増やしたりしてないか」についてお伺いしたところ、薬の量を変えたとのお答えを頂戴しています。具体的に、2月1日頃の全ての薬の処方と、2月8日頃の全ての薬の処方について、教えてください。

2.「患者男性」のふらつきについて
「患者男性の妻」は、2月9~11日の一時帰宅時に、夜中から午前中10時頃までの「患者男性」の異様な「ふらつき」に不安をいだき、連絡帳にてその旨ご連絡さしあげています。また、看護師の方に口頭でも、その事を訴えた所、「ふらつきが酷いので看護に気を遣う」旨の返答を頂いています。しかしながら、担当医の方からは「ふらつき」については知らないとの旨口頭でお知らせいただいています。「ふらつき」について、どなたまではエスカレーションされ、どの方からどの方への時点で連絡がなされてなかったのか、教えてください。

3.睡眠薬の処方について
2月11日の夜21時ごろ、電話にて、「ふらつきが酷いので睡眠薬を処方しないで欲しいとお願いしてるにもかかわらず、今週末の様子を見ると睡眠薬が処方されてるように思う。睡眠薬の処方を止めてほしい」との連絡を差し上げました。電話を受けた方は看護師の方でした。しかしながら、睡眠薬の話は担当医にも当直医にも伝えられてないとのことを聞きました。「睡眠薬の処方を止めてほしい」との連絡は、どなたまではエスカレーションされ、どの方からどの方への時点で連絡がなされてなかったのか、教えてください。

4.倒れていた時の様子、対応について
「患者男性」が倒れていたのが発見された時、仰向きに倒れていたと聞いています。また、B脳外科病院への搬送理由は、「倒れて頭を打ち、意識を失っていた」と聞いています。具体的にどんな場所で、どのように倒れていたのでしょうか。また、頭を打って意識を失ったことを、どのような所見から診断されたのでしょうか。
⇒回答:頭を打ったかどうかもわからない。(搬送時の説明と異なる回答)仰向きに倒れていたことだけは確か。

5.脳挫傷の場所について
B脳外科病院での診察で、「患者男性」は、(頭の前方やや右寄りを)に軽い脳挫傷を(病院に戻った10日夕方~11日の間に)受けていたことがわかりました。しかしながら、A精神病院病院の方では、その位置に挫傷があることをご存知なかったとのことです。A精神病院病院では、頭のどこを打ったと診察されていたのでしょうか。(仰向けに倒れ、頭を打って意識を失ったという説明と完全に矛盾している)
⇒回答:頭を打ったかどうかもわからない。脳梗塞の既往症があるので、その疑いを持った。(搬送時の説明と異なる回答)

6.痙攣等について
B脳外科病院の診察では、意識を失っている原因は、脳挫傷ではない可能性が高いとの所見で、倒れた時に、(癲癇などによる)痙攣発作などを起こしていなかったかと尋ねられています。
倒れている「患者男性」が発見された時、そのような症状はなかったのでしょうか?
⇒回答:わからない

7.倒れてから発見まで
「患者男性」のいたベッドの下のマットは、足を降ろすと、ナースセンターでコールが鳴る仕組みだと聞きます。「患者男性」が降りて、コールが鳴り始めたその時には、ナースセンターには誰もいなかったために、すぐには気づかれなかったとのお話をいただいています。倒れたと推測される時期から、発見されるまでの時間は、最小どれぐらい、最大でどれぐらいですか?また、どのような経緯で、「患者男性」が倒れている事を、どなたが発見されたのか教えて下さい。
⇒回答:倒れたのは朝5時55分頃と推測されている。救急搬送したのは7時頃、その間1時間は《経過観察していた》。(脳梗塞の疑いを持ちながら、それに対する何の処置もすることなく放置していたということらしい)

8.診療報告書について
B脳外科病院への搬送に際して、B脳外科病院に診療報告がなされていませんでした。これは通常の搬送手続きなのでしょうか。また、B脳外科病院で問われて、A精神病院病院に投薬中の薬を受取に参りましたが、薬は当日処方する予定だったので薬はないとのお話で、投薬情報をいただきました。しかし、処方予定の日であったなら、朝食時の薬は既に準備されていたはずです。その薬はどうなったのでしょうか?
補足:患者男性はB脳外科病院にてCTをとって、意識を失っている原因は、脳挫傷でないこと(、また脳梗塞ではないこと、)が分っています。家族は積極的な治療を望んでいないので、開頭手術したりする選択肢はとられません。

現在の所、患者男性の意識は戻っていません。また、原因が分らないので、その処置方法も確定していません。

A精神病院は倒れた状況について、明らかに何かを隠しているとしか思えない対応ですが、処置に必要な情報を引き出す手だてはないでしょうか?あるいは、患者男性が倒れた理由について、何か仮説とその検証方法はあるでしょうか?

twitterで@akof宛てメンション頂くか、Facebookの http://www.facebook.com/home.php#!/ako.fujiwaka/posts/457412654324112 にコメントいただけると助かります。

2月14日追記:倒れてるのを発見してから搬送までの空白の1時間について、A病院からは相変わらず辻褄の合わない矛盾した回答しか来ません。
ですが、一方、患者男性の意識障害はJCSⅢからⅡのレベルまで回復し、A病院から情報開示されなくとも、なんとかなりそうな進展になってきました。コメント、助言を頂いた方には御礼申し上げます。

2012/12/29(土)自衛

米国の銃規制反対派の「論理」は、日本人から見て奇妙だし、合理性は見いだせないのだけれど、その珍妙(に見えるよう)なものをそれでも掲げる根底にある心理は、ある程度コチラからも想像しうるのではないか。

それには、ちょっと別の話から始めたい。

自転車で走行すべき道路を、歩道から車道に変えるという制度変更案が持ち上がった時、多くの自転車ユーザが反対した。

自転車の深刻な事故の殆どは、対自動車の事故だ。そして、それら対自動車事故の大半の第一当事者は自動車側、つまり自動車の側に主たる事故原因がある。なのに被害者は間違いなく自転車ユーザだ。

この状況で自転車の走行路を車道にする制度変更をすれば、自転車の対自動車の事故は増えてしまうだろう。自転車ユーザをより危険に陥れるような制度変更は許されないというのが、走行路変更に対する反対の理由だ。

ところが、この合理的に見える制度変更反対の論拠には、確実でない所もある。例えば「自転車の走行路を車道にする制度変更をすれば、自転車の対自動車の事故は増えてしまうだろう」という推測は正しいのだろうか。海外での類似制度変更事例をあたると、「細い道から優先道路に(よく確認せずに)出てきた自動車が、優先道路を走る自転車を(側方から)撥ねる」事故が、制度変更によって減少し、全体としては「自転車の走行を車道にする制度変更をして、自転車の対自動車の事故は減る」という場合も見つけることができる。

そこで自転車ユーザに、もし「自転車の走行を車道にする制度変更をして、自転車の対自動車の事故は減る」のなら、制度変更に賛成するかと訊ねてみると、多くの人は、それでもやっぱり制度変更は受け入れられないと答える。

何故受け入れられないのか、突っ込んで話し合ってみると、次のような感覚が明らかになってくる。

「細い道から優先道路に(よく確認せずに)出てきた自動車が、優先道路を走る自転車を撥ねる」事故というのは、自転車の運転者がよく注意して走行していれば、避けられる(ような気がする)。だから、歩道を走っていても、自分はその種の事故から自衛できる(はず)と考える。例えば、保育所に子供を乗せて送り迎えするお母様がたは、「しっかり注意して走れば子供を守ることができる」と考えるのだ。

一方、自転車で車道を走るようになって、最も恐ろしいのは、後ろから走ってきた自動車にひっかけられる事故だ。これは自転車側がいくら注意しようとも絶対避けられず、自衛の手段が全くない。お母様「どんなに注意しても、子供の命を全く守れない」と感じる。

自衛の術が全くないリスクを、被害者になるはずの人々に、新たに一方的に押し付ける制度変更には、強い抵抗があるのだ。

さて、ここで銃規制の話に戻って考えてみよう。

米国民は、「暴力に対して自衛する、できる」のが当然と考え、その環境を求める。だから連邦憲法でも、銃の所持を権利として求めているのであろう。

銃規制に反対するのは、「銃での暴力に、どんなに自衛しようとしても、全くその術がなくなるから」と感じてるからだろう。これまで、銃乱射事件が起きる度に、銃規制よりも、銃規制緩和の声がより大きかったのもそういう事情だと思う。

今回、多数の幼い子どもたちが、銃乱射の被害に遭う事件が起こった。子どもたちは、たとえ銃が手元にあっても、それを用いて自衛することなどできない。だから「自衛」を理由に銃を誰もが持つような制度は良くないと、銃規制派の声が大きくなった。しかし「子どもたち」は、親や教師や学校が「自衛」すべきだと考える人達もなお大勢いるわけで、だから銃規制反対派もこれまで同様、いやさらに今までより声を大きくして、自衛できるように教師に、学校に銃を配備せよと説くのだろう。


私は日本の「銃が規制されているからこその平穏」を長らく享受してるから、やはり米国の銃規制反対については不合理にしか見えないが、その心情のよって来るところは、少しは想像できるように感じている。

2012/11/07(水)「研究」を一般人に伝える技術

科学報道に大切なこと http://d.hatena.ne.jp/horikawad/20121105/1352067625

を読んだ。プロフィールによればこのエントリの著者は研究者だとかで、なるほど研究者視点、あるいは技術者視点としては良いことを言っているとは思うが、それでも「この人全然分ってないな」の感は拭えない。

が、人の論評をうじうじ批判してるだけはつまらないので、元ネタの立命館大 スポーツ健康科学部の吉岡伸輔助教の筋力余裕度計を、科学技術に興味の無い一般人にどう伝えていけば良いか、その方針を検討してみたい。

一般の人が「研究」に対して示す、最もシンプルな興味の向け方は「それ、何の役に立つの?」という実応用についてだ。技術応用が想定されている研究ならば、その視点で研究成果をとりあげるのが最も伝えやすい。

研究を「技術応用」の方向から記述することについて、実はその専門分野がある。特許だ。だから、研究成果についてどのような特許がとれるかという方向性で理解を進めると、文章化の時に既に頭の中で整理された状態になっている。もちろん特許願書を書くのではないから、「請求の範囲」の枠組みに押し込めようとする必要はない。

立命館大学は、産学連携や研究の産業応用について熱心で、その専任スタッフも充実してる。だから、筋力余裕度計の話も、「立命館大、しゃがみ姿勢から立つだけで「筋力余裕度」を測れる測定器を開発」の記事( http://news.mynavi.jp/news/2012/08/07/131/index.html )を見る限り、産学連携部門のスタッフの助言からか、あるいは応用を常に考える学風として根付いているからか、技術応用を念頭に置いた方向にある程度話が整理されて説明された形跡が見て取れる。この「整理されたところ」を骨格として捉えればよい。

この研究成果の話がなされた時に、先生がどんなに専門分野について難しいことをとうとうと喋って脱線していたとしても、話の骨格さえはずしていなければ、何ら難しいところはないはずだ。

重要な点は2点。

1.制限少なく、正確な筋能力を測れること。
「制限少なく」とは、被測定者の能力や状態によらず、被測定者に傷や大きな負荷を与えることなく、短い測定時間で、小さくシンプルで耐久性のある安価なデバイスで測れるということ。
「筋能力」とは、測定した時に筋肉が出力する「力の大きさ」ではなく、筋肉がどんな力を出す「能力があるか」のこと。

2.筋能力の評価指標として、利便性の高い「筋力余裕度」を採用したこと
能力の評価方法には色々選択肢が考えられ、例えば「力の単位」を持つ絶対値を使う方法もあれば、年齢、性別別の筋力分布に対する平均値や偏差値などを使う方法もありうる。
しかし、この研究成果では、介護の要/不要の境目になる筋能力を100%として、介護が必要になるまでに「どれだけ余裕のある筋能力か」という指標を用いている。
筋能力を正確に測りたいニーズとして、「要介護状態の切迫度を知りたい」というものが最も大きいだろうという判断があったのだろう。だから応用の方向をそこに見定めて「筋力余裕度」という指標を採り、測定計の名前にまでそれを採用して応用可能性の高さをアピールしている。

この2点さえ外さなければ、研究者側から見て最も伝えたいアピールポイント部分を捉え、読者側から最も興味持てるような表現で伝えることができるはずだ。

「(難しい)研究」を、一般人に「わかりやすく」伝える,科学報道に大事なこととは、こういう作業ではないだろうか。

2012/10/28(日)レビュー iPhone用「歩数計」

iPhoneのような「尖った」設計のデバイスやサービスは、そのデバイスやサービスならではの利用法が見いだせなかったらタダのゴミである。

この小さくて軽くて携帯性の良いデバイスには、時計、GPS、加速度センサー、コンパスなどの高性能センサー類、グラフィカルな表示に適した(デバイスの大きさに比して)大きな画面、豊富な計算リソースが搭載されている。
私は自分の生活を考えた上で、iPhoneのこれら機能を活かせる使い方いは、高性能歩数計としての利用法があるのではないかと考えた。そこで、AppStoreで「歩数計」で検索してiPhone用歩数計をいくつか試してみたので、ここでそれをレビューしたい。

実際にインストールして試したのは、全て無料で使える
の計11種類である。

結論から言うと、満足に使えるものは無い。それは無料アプリで機能が削られているからではない。上で試した無料アプリにある問題は、有料アプリでも全く同様である。

では、「歩数計」の問題を傾向別に分けていこう。

1.設定ができず、使用に至ることができないもの

文字通り、使い物にならないものである。
  • 《健康増進アシストサービス》:インストール後の起動画面で「ログイン」ボタンだけが表示されるが、全くログインできず、そこから全く進めない。
  • 《gooからだログヘルスアシスト》:初期設定で、必須入力項目である身長を入力するとアプリが必ず落ちてしまう。実はこれは回避方法があって、「gooからだログヘルスアシスト」のウェブページで自分のアカウントを作り、ウェブ上で身長などの設定をすれば、使えるようになる。
どうやらリリースされた当初は問題なく使えたようなのだが、恐らくiOS 6になってから問題が発生し、なおかつアプリ作成側がどこに問題があるか気付けていない様子である。レビュー欄では「使えない」との怨嗟の声が溢れている。Appleの審査があっても、こんなのが素通りするのであるから、ユーザとしてはそれを信用しきってはいけないことがわかる。正直、この体験でiPhoneにちょっと幻滅した。

2.バックグラウンドで動作させられないもの

歩数計として動作させてる間は、他のアプリの操作ができない。歩行(セッション)開始時にスタートボタンを押し、歩行(セッション)終了時にストップボタンを押して終了させなければならない。また、万歩計として歩行を感知しやすいだろう尻ポケットなどに入れて歩いていると、フォアグラウンドで動作し続けているので、ポケットの中で知らないうちにボタンが押されて意図せぬ動作をしてることがある。勝手にセッションが終了していることすら稀ではない。
  • 《MyStep》:使いやすいとはとても言い難い。すぐにアンインストールしてしまった。
  • 《walkiNavi》:歩行セッションの軌跡を地図で見ることができる。歩いている最中に音楽を聴けるのがウリ(私は音楽を聴かないので、使い勝手は不明)
  • 《距離も分かる歩数計 runtastic》:セッション途中の「歩行速度」の変化をグラフィカルに表示してくれる。実はこの「歩行速度」と称してるものの実体は「(計測した)歩行ピッチ」☓「設定入力した歩幅」であって実際の歩行距離ではない。むしろ「歩行ピッチの変化グラフ」というべきものである。ただ、この「歩行ピッチの変化グラフ」は他に無い機能で、非常に有用である。なお無料版は「ちょっとしたお試し版」という位置づけらしく、機能の制限も多く、また有料版への移行を促すアレコレがしつこく表示される。
3.バックグラウンドで動かすことはできるが、その結果「歩数計」の機能が無くなっているもの

2の不便を解消させることができるが、「歩数計」を求めていたはずなのに、手にしているものはもはや歩数をカウントしないという……
歩行を感知するためには、加速度センサーを用いなければならないのだが、加速度センサーはフォアグラウンドで動作しているアプリだけが利用できるというiOSが課した制限があるようだ。そのため、バックグラウンドで動かせるようにするために、GPSで歩行距離を測り、歩数は「歩行距離」÷「設定入力した歩幅」で代用するという「紛い物」である。歩数計を謳ってなければそれでもよいのだが、なまじ「歩数計」のような体裁をしているから悪質である。下手をすると、自動車に乗って移動しただけなのに「1万歩達成!」などと表示されることもある。
  • 《お父さん歩数計》:シンプルな作りで、セッション毎の歩行距離と時間を記録できる。使いやすい。
  • 《健康増進アシストサービス 》:個人情報が何に使われるのか分からないのでちょっと不安。日毎の歩行セッションを記録でき、それらをグラフィカルに眺めることができ、ツイッターやFacebookに投稿することもできる。歩数計のみならず、食事管理の機能などもついていて、朝昼晩とご飯を食べたかと質問する等「きめ細やかな」お節介をしてくる。歩行セッション以外の時にも24時間動作し続けているので、電池を激しく消耗する。
  • 《永久不滅WALKER》:個人情報が何に使われるのか分からないのでちょっと不安。歩行セッションを記録する以外に、24時間歩行測定し続けてくれていて、毎時間の歩行距離もグラフィカルに表示させることができる。「今から歩くぞ」「今歩き終わったぞ」と一々ボタンを押すこと無く計測してくれる。加速度センサーを使ってはいないので、歩行を検知してるわけではないのだが、乗り物に乗っての移動などの大半は歩行距離にはカウントされない。恐らく40km/h以上になったら「歩行ではない」と判断するなどしているものと思われる。24時間動作し続けているので、電池を激しく消耗する。とにかく「一日の歩数」で健康管理したいという人には、この永久不滅WALKERがイチ推しである。
4.バックグラウンドでも歩数カウントできるが、歩行距離が測れないもの
記事をアップした当初は、「2.バックグラウンドで動作させられないもの」に入れていたのだが、指摘を受けて再調査したところ、バックグラウンドでも歩数カウントできる事が明らかになったので、修正して新たに項目立てした。
  • 《Walker-歩数計Lite》:シンプルな作りで、歩数カウントも正確である。日毎の歩行セッションを記録でき、それらをグラフィカルに眺めることができ、ツイッターやFacebookに投稿することもできる。ただし、GPSは用いておらず、歩行距離は「計測した歩数」☓「設定入力した歩幅」で表示されている。したがって振動しただけでも「歩いた」と計測されてしまう。
5.歩数計を謳ってはいないが、歩行距離計としては対応してるもの
  • 《Nike+Running》:セッション途中での歩行速度の変化を地図上、あるいは経時変化グラフで表示してくれるので、自身の歩法を研究、向上させたい人にはうってつけ。但し、単位を設定してもなおキロメートル表示とマイル表示が混在してしまうので、その点は非常にわかりにくく使いにくい。
  • 《RunKeeper - GPS Track Running Walking Cycling》:セッション途中での歩行速度の変化を経時変化グラフで表示してくれる。が、何故か折れ線ではなく棒グラフで、それがとても見にくい。
  • 《runtastic》:距離も分かる歩数計 runtasticと同じ会社作成のアプリ。有料版への移行を促すアレコレがしつこく表示されるのも共通。多機能だが、設定箇所があれこれありすぎて少々使いにくい。セッションの軌跡を地図表示する他、その経過の歩行速度変化と高度変化を同じグラフの上で表示できる。
runtasticをバックグラウンド、距離も分かる歩数計runtasticをフォアグラウンドで2つのアプリを同時に動かすことができるが、距離も分かる歩数計 runtasticの「歩行ピッチ変化」と、runtasticの「歩行速度変化」「高度変化」を合わせて見ると、自身の歩行の様子を多角的に検討できる。またruntasticはiPhone用の心拍計を繋いで同時計測・管理することができる。私自身は今後暫くこの2つのアプリを組み合わせて使っていく予定だ。もし気に入れば心拍計も追加するかも知れない。


iPhoneの素晴らしいハードウェア機能を活かしきれる「高機能歩数計」は、残念ながら無い。いくつかの不便を我慢しながらということになりそうである。

2012/10/12(金)独立行政法人日本スポーツ振興センター災害給付制度

学校内の「事故」に対して、「救急車を呼ばず、警察にも連絡しなかった」という事案がについて、教育委員会が学校をけん責し、学校が謝罪しているのが今日話題になっていた。

そういう「学校内の事故」について、もうちょっと即物的だが、あるいは「大事」な事について書きたくなった。というかちょっと憤慨する話があったので、ここで垂れ流したい。

まずは背景説明

学校内の生徒の事故――もう少し正確な言い回しをすると、児童生徒等の傷病・被災について、その原因である事由が学校の管理下において生じたものについて、医療費用ないしは死亡見舞金が支払われる日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度というのがある。

https://naash.go.jp/anzen/saigai/seido/tabid/76/Default.aspx

「学校の管理下」というのには、「登下校中」も含まれるし、それと、「傷病被災が学校外であっても、その原因が学校内の出来事が主因であるような場合」も含まれる。

……勘の良い人なら気づくであろう。後者は「いじめ」を苦にした自傷などに適用される。実は、この給付制度は当初自殺など「故意によるもの」は対象外であったが、平成19年から自殺も給付の対象になった(但し、高等学校の生徒及び高等専門学校の学生の自殺は給付対象に含まれない)。

気を留めておいて欲しいのは、登下校とは無関係な学校外の場所で、「いじめ」とは無関係な自殺は、給付対象外であるということだ。つまり、自殺したけれども、学校がいじめがあったと認めない場合には、見舞金1400万円は給付されないということだ。(拝金主義的な話で申し訳ない)

また、この給付制度の対象となるような事故・傷病・災害があった時には、報告書を学校が起案して教育委員会に送り、教育委員会がとりまとめて日本スポーツ振興センターに届ける。事故から約2年の間に請求が日本スポーツ振興センターに届かないと、時効になって給付金支払の対象にはならなくなる。

さて、私の聞き及んだ話はここから。なお、伝聞なので不正確なところも多いかと思うし、決して一般化できるような話でもない。

ある事故について、災害共済給付について何の動きもないことに不審を抱いた父母のクレームがきっかけで事は漸く動きはじめたらしい。時効ギリギリの災害共済給付請求が日本スポーツ振興センターにいくつか届いた。

スポーツ振興センターは、死亡事故や重大事故いついては、改めて学校や関係者に聞き取り調査を行うことにしている。そしてある学校への聞き取り調査最中、学校側に「何故こんなぎりぎりまで請求を出さなかったのか?」と尋ねた。その質問は、学校側にとって驚きのものだった。というのも、請求のための報告書は事故後直ちに教育委員会に送っていたからだ。

そこではじめて、教育委員会は災害共済給付請求を大量に溜め込んでいた事を白状したらしい。溜め込んでいた請求のうち、時効ギリギリのものからスポーツ振興センターに送っていたようだ。よくは分からないが、ひょっとして時効になってしまっていた事例も実際にはあるのかも知れない。

その教育委員会の担当課、少人数でやっていたらしい。その担当課の責任者の弁明が酷いのだ。まず、災害共済給付請求を大量に溜め込んでいた理由を、担当者が病気になったからだと言う。一人が病気になったからといって「気づかずに」そんなに貯めこむのはオカシイ。

すると、担当者が以前から溜め込んでいたのだが、それを責任者にずっと隠していて、病欠したことで溜め込んでいたことが明らかになったのだと言う。そんなに溜め込んでいるのに気づかないのって管理責任を全く果たして無いのではないか。

すると、その部署は少人数で、なおかつその病欠した人以外の実働は、聾の人なので、仕事が回らないのだと言う。ちょっと待った。「聾の人なので、仕事が回らない」?聾であることが、仕事が回らない理由になると思ってるのか?

実は、私にその話をしてくれた人も、「聾の人なので、仕事が回らない」のところで丸め込まれてしまっていた。聾の人でも書類作業はできるのだから、病欠の人だけに災害共済給付請求作業を割り振っていた管理にこそ責任があるはずなのに、それには気が回らない様子だった。というか、管理者というものは、そういう仕事の割り振りこそ最も重要な仕事であって、聾であることが不利にならない仕事分担を(動的に)行い、組織全体で効率的に作業をこなして結果を出すように体制を管理しなければならないのだ、という事をいくら説明してもまるで理解してくれなかった(私の憤慨ポイントはここらへん)。

まぁ最後の段落の話は兎も角、某教育委員会は、被災した人への給付金交付について怠慢していたことを、学校の責任にし、病欠の人の責任にし、聾の人の責任にし、と全く反省のない責任転嫁の権化であるということを知ったのだった。

まぁこれぐらいで勘弁してやるか。>某教育委員会

2012/10/02(火)「考えを改める」条件

虐めにしても、子供の虐待にしても、大抵やってる方は正しいことをしていると信じていて、それは信念や宗教に近い。そしてそれを改宗させるのは難しく、刑罰ぐらいでは変わることはまずない。何故なら、強いて改心させるのは、自己否定あるいは精神的自殺を強要することに他ならないから。

「痛い目に遭えば考え方を変える」という事が起こるのは実は稀なことだ。痛い結果を引き起こさない防衛策として、最もコストが低く確実なのが「考え方を変えることだ」と自身で納得できる場合以外にはその選択をとらないからだ。例えば多くの人は、「自分の考え方を改める」より「やり方を変えずに、かつ見咎められないようにする」方がコストが低いと直感的に判断してしまう。勿論、もっとコストが低いと思う選択肢を自身え見出した人はそれを選ぶが。

手に持っていた重い物を、自分の足の上で手を離して、果たしてその重い物が足の上に落ちて「痛い目」に遭った場合。自分のした事と、痛い事の因果関係は極めて直結的で、他に介在するものがない。そのような場合には、人は自身が悪かったことを認め「もう二度と自身の足の上で持った物の手を離さないようにしよう」と考えるだろう。

ところが、手に持っていた重い物を、他人に手渡そうとして、渡すべき手が近づく前に自分の足の上で手を離して、果たしてその重い物が足の上に落ちて「痛い目」に遭った場合。自分のした事と、痛い事の因果関係の間に、他人の行為が介在する。そのような場合には、人は自身が悪かったとは往々にして認めることはできず、「受け取るべきその人が悪い」と考える。そして、「次はしっかり受け取れ」と他人に転嫁してしまう。

「(たとえ「義」があっても)他人に暴行を加えたら、刑罰を受ける」は、因果関係だが、自身の暴行と受ける罰とは直結していない。「暴行を知られる」「義を認めてもらえない」「捜査を受ける」「裁判を受ける」等々多くの介在事項がある。そのような多数の介在事項がある場合、人は、自身の考え、行動原理の過ちを認めて変えることより、介在する何かに原因を求め、その「原因」を排除できさえすれば、「痛い目」対策はできると考える。

ここで留意すべきことが一つある。「痛い目」の度合いが大きくなっても(刑罰がより重くなっても)、何が「原因」として選ばられるかにはさほど影響しないのだ。虐めや子供の虐待に対する刑罰を重くしても、それをする人は自身の考えや行動原理を改める方向にはあまり向かない。

虐めや虐待を見つけ次第、立件し、重罰を与えるようにすれば、恐らく虐めや虐待は「減る」だろう。しかし、それは「認知されなくなった」だけだ。重罰を避けるために選択されるのは、「正義の鉄拳」や「躾」を止めることではなく、見咎められなくすることだからだ。

2012/06/08(金)日本に原発が導入された理由は?

原発事故後「一切何にもしようとしない」事については怒りを禁じ得ないが、「現状の有り様の説明」としては今日の首相会見は(強弱はともかく)言うべきことは概ね言っていたように思う。

一つ、忘れられていた、ないしは隠されてきた重要な言葉が漸く出てきたと評価している。それは「石油ショック」だ。原子力発電は、石油ショックのリスク緩和として日本に導入されたと考えてよいと私は考える。

日本のGDP推移.gif

出典:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4400.html


日本は戦後3回の重大な経済危機を経験している。石油ショック、バブル崩壊、リーマンショックである。経済指標で見る限り、東日本大震災の影響はこれらのような危機とは比較にならないほど小さい。3回の経済危機の中でも、石油ショックは日本崩壊の危機を国民全体津々浦々にまで思い知らせた事件だった。中東の石油に大きく依存していた日本は、中東のゴキゲン一つで国が簡単に吹き飛んでしまうことを知った。石油価格の変動に余りにも脆弱だった。

そこで日本がそのリスク緩和としてとったのが、燃料備蓄策である。中東情勢による原油価格の短期的変動を、燃料備蓄という緩衝機構でリスク軽減しようとしたのだ。しかし石油は備蓄には向いてない燃料で、保存に不安定な液体で、嵩高く、そして爆発危険が大きい。一方、原発燃料は、保存に安定な個体で、嵩は小さく、そして分散して保管すれば発火(広い意味の)危険はない。原発燃料の、発生エネルギー当たりの重量が小さい事がやたら盛んに宣伝されてきたのは、備蓄に向いている、日本経済の安定化に大きく寄与できるからである。採掘や運搬のコストの問題ではない。


今でも石油備蓄量は、民間が国内消費量の約80日分、国が約90日分で半年に満たない。一方、原子力燃料備蓄は約2年あり、中東などの局所情勢の短期的な緊張が日本のエネルギー供給に及ぼす影響は抑えられている。

但し、この石油から原子力へのシフトの原動力なったと思われるこの理屈はかつては正しかったが、今はもう正しくない。今では燃料価格変動の周期は石油ショックの頃よりずっと長くてこれらの燃料備蓄期間では足らないし、そして石油価格トレンドと原発燃料価格トレンドは並行して動くようになってしまっていて、原発があるから石油ショックのようなリスクは二度と無いとは言えない。

しかし、原発が今ここにある理由は、世界的な燃料価格変動によって日本経済が完全崩壊するリスクを軽減するためであるから、事故リスクと比較参照すべき数字に、日本経済完全崩壊リスクがあることは間違いない。これを無視して原発を語るのは正当ではないと私は思う。

2012/04/25(水)妄想近未来『電力』ニュース

太陽光発電.jpg

【妄想近未来『電力』ニュース】

昨日の昼頃起こりました一般家屋火災の続報が入って参りました。まず、消防の調べによると、昨夜までの発表では火災の原因は漏電ということでしたが、今日になって新たな事実が判明しました。

当初の現場検証では、太陽光発電の売電用のメーター付近が最もよく燃えていることから、太陽光発電パワーコンディショナーなどからの漏電が疑われていました。しかし、詳しい調べでは屋根上に設置されていたのは、太陽電池モジュールの模型で、実際は黒く着色されたプラッチック板であることが明らかとなりました。

実際には太陽光で発電は行われておらず、密かに一般電力線から売電用メーターへ電力が引きこまれており、電力会社からの安い電力を取り入れ、太陽光発電した電力として高額で売電されていた実態が明らかになりました。

警察の調べによりますと、この家屋の住人達は、太陽電池パネルが偽物で、一般電力線から密かに電力を取り込まれていたことに知らなかったと主張しているとのことで、不当に「太陽発電電力の売電」で利益を得たことについて否認しているとのころです。住人達はまた、「太陽電池システムを購入した当時は、本物の太陽電池モジュールが設置されていた」と主張しているとです。

そのことから、警察では、太陽電池システム納入業者が、一度収めた太陽電池モジュールを密かに偽物のプラスチック板にすり替え、太陽電池モジュールを高額で転売していたものと見ています。この家屋にシステムを納入した業者は既に解散後で、当時の経営者や工事担当者とは連絡がつかないとのことで、警察では計画的な詐欺事件の疑いもあるとみて捜査を進めています。
同じ「電力」を、「どうやって発電したか」で違う価格付けをするというのは極めてナンセンス。電力としては発電方式に関わらず同じ価格で買取るべきだ。

一方で「安全性」の違いの考慮については、保険加入を義務付けるなどして均衡を図るなどの方法が考えられる。
7月に始まる太陽光など再生可能エネルギーの全量買い取り制度の詳細を議論していた経済産業省の「調達価格等算定委員会」(委員長=植田和弘京都大学教授)は25日に開いた会合で、電力会社による電気の買い取り価格案を議論した。最終的な結論は持ち越したが、植田委員長が会合終了後に記者会見して委員長案を公表。太陽光発電は1キロワット時あたり税込みで42円(出力10キロワット以上)。風力は同23.1円(出力20キロワット以上)とした。

<略>

委員長案では、地熱発電は1キロワット時あたり税込みで27.3円(出力1.5万キロワット以上)、中小水力は同25.2円(出力1000キロワット以上、3万キロワット未満)。バイオマス(生物資源)は種類別に定め、リサイクル木材の場合で同13.65円とした。

 買い取り期間は地熱発電を15年、それ以外は20年にした。住宅用の太陽光発電は全量買い取り方式ではなく、余った分だけを買い取る現行の「余剰電力買い取り制度」を維持する。
参照:太陽光42円・風力23.1円 再生エネ買い取り価格案 2012/4/25 12:52

2012/04/13(金)リモコンのデザイン

カメラのイラスト.JPG

67個のボタン、継ぎ足されて、さらに25個のボタン。合計92個のボタン。

別に、飛行機を飛ばしたいわけではない。
単に、テレビ番組を録画したいだけである……。
「ガラパゴスリモコン」が示す日本のもの作りの限界~リモコンで飛行機でも飛ばしたいの?~
という記事に触発されて。

思考実験の題材として、昔の一眼レフカメラを遠隔操作できるようにするリモコンを考えてみよう。

まず、
  • 1.レンズキャップの付け外しボタンが要る。
(こら、笑うな!)
  • 2.フィルム換装ボタン
  • 3.フィルム開始位置までの巻上げボタン、フィルム送りボタン、フィルム最終巻取りボタン
  • 4.照度計(照度計の位置・方向設定)
  • 5.フラッシュバルブ換装ボタン
  • 6.レンズ選択換装ボタン
  • 7.絞り設定
  • 8.シャッター速度設定
  • 9.焦点設定
  • 10.フレーミング設定系(ズーム設定+カメラの向き(上下左右))
  • 11.カメラ位置設定(上下、左右、前後)
それと最後に
  • 12.シャッターボタン
である。

一応、ユーザに、要求を聞いてみよう。
「遠隔操作できるカメラを作ろうとしてるのですが、カメラに何を望みますか?」
『綺麗に写せるカメラだったら何でもいいよ』
「え?それだけですか?」
『え?それ以外に何か要るんでしょうか?』
「要求仕様は“綺麗に写せるカメラ”ですか」
『ええ、“綺麗に写せるカメラ”です』
困った。要求はシンプルなのに、設計してるリモコンは超複雑だ。これでは使ってもらえそうにもない。

ところで、現在の高性能コンパクトデジタルカメラを遠隔操作しようとしたらどうなるだろうか。
  • 1.レンズキャップ付け外しボタンは要らない。代わりに電源ON/OFF(レンズカバーの開閉連動)操作のボタンを検討しなければいけないが、リモコンにタッチセンサーを付けるなどして操作不要にすることはできる。
  • 2.3.フィルム操作系は一切要らない。撮った映像データはサーバ等に自動転送することもできる。
  • 4.照度測定-絞り設定は自動化できる
  • 5.フラッシュ設定も自動化できる
  • 6.レンズは換装しない
  • 7.絞り設定も自動化できる
  • 8.シャッター速度設定も自動化できる
  • 9.焦点設定も自動化できる
  • 10.フレーミング設定系(ズーム設定+カメラの向き(上下左右))は要望があれば付ける。(省略する考え方もある)①
  • 11.カメラ位置設定(上下、左右、前後)は要望があれば付ける。(省略する考え方もある)②
  • 12.シャッターボタンは要望があれば付ける。(省略する考え方もある)③
ユーザに要望を聞くのも簡単だ
「カメラの向きや、ズームをコントロールしたいですか?」
「カメラの位置を動かしたいですか」
「シャッター切って静止画を撮りたいですか?それとも動画で撮りっぱなしがいいですか?」
ユーザが、それは一体何のこと?そんなことやって「綺麗に撮る」ことに意味あるの?(あとから要る所だけ切り出せば良いでしょ)と言えば、これらの操作系は要らない。

カメラでどういうものを撮りたいかがはっきりしていて、自分で操作したいという「写真のことを良く知っている(カメラに詳しいではない)」ユーザ向けでも操作は①~③までのわずか3つしか要らない。カメラの操作をこんなにシンプルにしたのは、カメラの技術が使いやすいよう進化したからだ。


リモコンの操作ボタンが少なくできるかどうかは、単にユーザデザインの問題だけではなく、ユーザの要望を如何に汲み取り実現できるかというシステム全体の問題でもあろう。

2012/03/27(火)名誉毀損喧伝を助長するシステム

話題の発端は
ある男性が、グーグルで自分の名前を打ち込むと、身に覚えのない犯罪行為を連想させる単語がサジェスト機能によって表示されるというのです。

男性は職場にいられなくなり、退職に追い込まれ、その後も採用を断られたりすることが続いているということです。
グーグル検索“人権侵害”の波紋
の話。
私は
サイト側のほうが悪いので、サイトを訴え続けるほうが正しいと思う。サジェストを消したところで被害者は救済されないので、あまり意味がないのでは・・・。
http://b.hatena.ne.jp/kensuu/20120325#bookmark-86755877

男性はグーグルに表示を止めるよう申し入れましたが、受け入れられなかったということで、男性は去年10月、東京地方裁判所に表示の削除を求める仮処分を申請しました。
そして、裁判所はこの申請を認め、表示の削除を命じる決定を出したのです。
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0326.html
で済ますでなく、グーグルもその構造を変えるべきではないかと思う

が、その方向性が未だ見出せない。
http://twitter.com/akof/status/184500917557661696
というツイッターでの呟きまでが私の前フリ。


小飼 弾さんも、
そろそろGoogleは、みずからに科したこの呪文を発展的に解消すべきなのではないか。
不都合な検索結果 - I'm feeling unlucky
と言うに留まり、具体的な解決方向までは示せていない様子。

ここでは、問題の構造を整理しなおしておくことにしよう。

ウィキペディアにしてもはてなキーワードにしても、グーグルサジェスチョンにしても類似する構造と論理があって、かつては
「自組織」が編集したのではなく、不特定多数の手によって創られるコンテンツが集積されてるだけだから、そこに名誉毀損的内容が現れても自組織の責任ではない
という立場でいられた。

しかし、自動集積の特性を知って、
不特定多数になりすませば、特定の名誉毀損的内容を意図どおりにシステムに掲載させられる
という事実が知られてしまい、その自動集積ツール自体を名用毀損的内容の喧伝ツールとして使われるようになれば、「名誉毀損的内容とシステムとは無関係」という主張はもはや通じないようになると考えてよいだろう。

既にウィキペディアは「名誉毀損的内容」が掲載されにくいよう、改善を試みている(相当に人海戦術的ではあるようだが、一定成果は挙げていて、責任回避はできる程度に見える)

はてなとグーグルは今のところ知らぬ存ぜぬを通すつもりらしい。
この先、会社の決算に影響しかねないほどの高額賠償の敗訴を食らうのが先か、自身を改める方向を見出すのが先か、私は注目したい。
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